5ページ目 リムグレイブの墓荒らし
三人の視線が再び栗毛の男の手元に集まる。
「その鈴は?」
「これは霊喚びの鈴って言って、こうして鳴らすと…」
シレンタの質問に応え、男がハンドベルのような形の鈴を揺らす。すると、チリンと澄んだ音と共に遺灰から白い影が飛び出してきた。3つの影は徐々に狼の姿を形どっていく。
「こうして遺灰から霊体が呼び出せるんだ」」
「おお〜。これが霊体!トレントちゃんと違ってなんか白〜い」
「でも同じく触ることは出来る…不思議です。霊体とは一体なんなのでしょう」
シェヴァリエが興味深く観察し、時に撫でるのを狼達は甘んじて受けている。思えば他の褪せ人の前で霊体を呼び出したのも初めてだ。敵味方の判別も出来てるようで、男はひっそりと胸を撫で下ろす。
「俺にこれをくれた人は、『黄金樹に還ることのなかった遺灰から、霊を喚ぶことができる』って言ってたんだけど…」
「還る事が出来なかった…」
男の言葉を反芻し、シェヴァリエが眉尻を下げた。
「じゃあこの子達、もう死んじゃってるってこと?遺灰があれば誰でも喚べるの?」
トクサの問いに男は首を振る。
「誰でもって訳じゃなくて、霊魂の宿った遺灰じゃないといけないらしい。あとは還魂碑っていう、小さな柱が立ってるとこじゃないと喚べないみたいなんだよね。ここに来たのもその還魂碑があるからで…と言っても、俺もあんまり説明を受けなかったから、詳しくないんだ」
「そっかぁ。死んでも遺灰にしちゃえば、いつでも会えるのかなって思ったんだけどなぁ」
「はは…聞かなかったことにして良い??」
震える男に応えず、トクサはにこにこと微笑むばかり。その様子に気を取られたシェヴァリエが、狼達を撫でる手を止める。
「あっ!」
皆が振り返ると、彼女の手元を離れた狼達が、直ぐ側の野営地へ突っ込んでいくのは同時だった。男の顔から血の気が引いていく。
「ちょ、ちょっと待って!帰ってきて!」
確かに普段は敵なのだ。なのだが、今は交戦したいわけではなくて。
そんな男の願いも虚しく、三匹の狼はゴドリックの騎士に襲いかかっていた─正確には狼達はただじゃれついていただけなのだが、男が追いかけてきた事で敵襲だと思われたわけだ。剣や槍を向けられては、男も応戦しない訳にはいかない。
置いてけぼりにされた三人は顔を見合わせたが、鈍い斬撃音がこちらにも聞こえはじめ、シェヴァリエが思わず呟く。
「わ、私達も助けに行ったほうが…」
「還魂碑が側にあるからってこんな場所選んだおじさんの自業自得じゃん?」
「もっと他の場所もあったろうしな。まぁ、あれくらいでやられる奴じゃねぇだろ」
トクサのみならずシレンタにまで言われれば、シェヴァリエは黙って頷くしかない。戦闘経験の少ない自分では、手助けに行ったとて足手まといになるだろう。そう考えた時だ。
「はぁ…うるせぇと思ったら褪せ人かよ」
がさり、と草を踏む音がする。音の方を見れば、そこにいたのは眼帯をつけた男だった。栗毛の男の髪が赤みのある茶色だとしたら、この男はもっと黄色に近い─例えるなら枯れた葉だろうか。
纏う服は薄手で所々痛んでおり、開いた胸元からは鍛えられた身体が覗く。一見しただけでは、街の粗暴者と変わらない風体にシェヴァリエは一歩後ずさった。そんな彼女の様子に、トクサが男に向かって顔を顰めた。
「もーシェヴァっち怖がってるじゃん」
「新人いびりはみっともねぇぞ。お前も褪せ人だろうが」
「そうだそうだー!エンちゃんの意地悪!」
「その呼び方やめろ」
珍しく息のあったトクサとシレンタの抗議を受け、今度は男の方が顔を顰める番だった。といっても彼は先程から渋い顔しかしていないのだが。
「皆さんのお知り合いですか?」
おずおずとシェヴァリエが聞けば、トクサが頷く。
「そうそう!シェヴァっちははじめましてかな?」
「こいつはエンテ。自称武器商人の褪せ人だ」
「自称は余計だ」
終始不機嫌そうな顔をしている眼帯の男に、シェヴァリエが頭を下げる。
「はじめまして、エンテ様。私はシェヴァリエと申します。お邪魔をするつもりはなかったのですが、ご迷惑をおかけしてしまい申し訳有りません」
素直な謝罪を受けて眼帯の男、エンテはたじろいだ。
「あ、いや、お得意様が居んなら顔を見せようと思っただけで…まあ、その、彼奴らも言ってたがエンテだ。その、よろしく」
その言葉にシェヴァリエも、悪い人ではないだろう、と緊張を解く。そんな彼女の肩に手を置いてトクサが意地の悪い笑みを浮かべた。
「おやおや〜?シェヴァちゃん悪くないのにいじめてる〜」
「大人気ねぇなぁ武器商人さんよぉ」
「うるせぇ」
エンテは居心地悪そうに頭を掻く。彼らのやり取りがなんだかおかしくて、シェヴァリエも笑いを零した。
ひとしきり落ち着いたと見たのか、エンテが深い溜息と共に話し出す。
「はぁ…あんたらも注意しろよ。最近リムグレイブで墓荒らしが増えてるんだと」
「墓荒らし?」
三人が目を丸くすると、知らないか?とエンテは続けた。
「なんでもあちこちの地下墓に侵入しては、そこの奥で守られてた遺灰を持ち去ってくそうだ」
「地下墓なんて、大抵は安置された物を守る番犬がいるはずだぞ」
驚きを隠せないシレンタに、トクサも頷いた。
「しかもインプ達を相手取りながら番犬までの扉を開ける仕掛けを解かなきゃいけない…それが出来てるって時点で、相当の手練れってわけだねぇ」
「そういうことだ。」
なるほど、そういうことなら彼が自分たちを客だと思って、ついでに警告を、と出てきたのも頷ける。そこで丁度、栗毛の男が帰ってきた。
「いや〜、騎士さんたち怖いねぇ」
「お、お得意様じゃねぇか」
「あれ?武器商人さん、どうしてここに?」
栗毛の男はエンテに飛びかからん勢いの狼達を抑えながら聞く。本当にゴドリックの兵士たちに勝ってしまったのか、そこまで考え、シェヴァリエは気付いてしまった。トクサとシレンタの顔を見れば、二人も同じ顔をしてる。
「あ、あ〜。おじさんの遺灰って、何処で手に入れたんだろうね…」
「さっき鞄開いてた時は、どう見ても一つじゃなかったよな…」
「ん?何の話?」
首を傾げる男に、エンテが説明する。
「さっきまで最近有名な墓荒らしの話を─」
そこまで言ってから、エンテも気付いたらしい。
「もしかしてあんた…」
「え?なになに!?」
気が付けばエンテ以外も栗毛の男から数歩離れたところに立っている。
「先達の教えがまさかこういうことだったとはね」
「流石に庇いきれねぇな」
「お墓を荒らすのはちょっと…残念です」
「ねえちょっと、何の話〜!?」
事情を全く把握できていない男の、哀れな叫びが嵐に溶けていった。

