小黄金樹の手記│

4ページ目 共に駆ける相棒

リムグレイブの北側─比較的ストームヴィル城に近く、常に嵐のような強風が止まぬ地、嵐の丘には、戦技に詳しい騎士ベルナールという男がいる。彼も褪せ人であり、拠点としているのは祝福が側にあるボロ家だった。そこから北東の道を進めばすぐにゴドリックの騎士達の野営地があるのだが、そこの騎士達に襲われて困っている様子もない。戦技に詳しいというだけあって、ベルナールは相当の手練れなのだろう。

その野営地の手前に、私を含め4人の褪せ人が集まっていた。

─小黄金樹の日記より─

「はやーい!気持ち〜!ロケーションは微妙だけどっ」

早速霊馬に乗ってはしゃぐトクサに、栗毛の男は少し焦りながら声を掛ける。

「トクサさん、あんまり遠くに行っちゃ…うぶっ!」

嵐の丘というだけあって、この辺りは強い風が絶え間なく吹き荒ぶ。若干場所の指定を後悔しながら、男は顔面に張り付いた大きな葉を取り払った。

「トレントも!風が強いから何かぶつからない様に気を付けてあげて!」

「大丈夫!トレントちゃん賢いから!」

トクサの声に合わせて件の霊馬、トレントも返事をするように嘶いた。

「指笛でいつでも呼べる馬ねぇ…便利なもんだな」

「トレントさんは駿馬の霊?なんでしたよね。ご主人様以外の子も乗せてあげるなんて、優しい子だわ」

背後の声に振り向くと、そこに居るのは二人の女性。

トレントを睨み、恨めし気に呟く小柄な少女は盗賊のシレンタ。その隣で微笑む女性は学者志望のシェヴァリエ。二人は狭間の地で活動する褪せ人で、トクサと共に円卓からついてきたのだ。

(懐かしいな、シレンタさんに有り金全部取られるところだったのを、トレントが間一髪で教えてくれたのが最初の出会いだったっけ。シェヴァリエさんとは円卓で自己紹介した程度で、円卓の外で話すのは初めてだな…)

同じ褪せ人と言えど、狭間の地を訪れた理由、立場、目的は人それぞれ。自分の内情を詳しく教える者もいれば、すれ違えば挨拶はする程度で、普段何をしているのかは知らぬ間柄の者もいる。そんな中で、こうして集まって何か出来るの嬉しいものだ。

男が頬を緩ませていると、満足したトクサがトレントから降りて三人の元へ戻って来た。

「は〜楽しかった!ベルナールおじさんも来ればよかったのに」

「ベルナールさんもおじさん呼びなんだ…ま、まあ他に来客が居たようだし、他の褪せ人に戦技を教えてるのかも」

「それじゃあ仕方ないかぁ。トレントちゃんありがとね〜!」

お礼とばかりにトクサに撫でられ、トレントが嬉しそうに嘶く。その横でシレンタが訝しげに呟く。

「こいつ…ちゃん、なのか?」

「え、可愛いからちゃんでいっかなって」

トクサが小首を傾げて答えたが、納得がいかないのかシレンタは苦々しい表情を浮かべた。

「こいつの何処が…痛っちょ、やめろ!髪を引っ張るな!」

シレンタの背でゆるく編まれた金髪が、トレントの口に掴まれ縄跳びのよう宙を舞う。

「トレント!?女の子の髪になんてことを!」

男がトレントとシレンタを引き離そうとするも、トレントは全然言う事を聞かない。出会いが盗人と見張り番とだけあって、どうもこの一人と一匹は相性が悪いらしい。

「こんなに聞き分けのないトレント、初めて…」

「トレントちゃん、お返事もするし話理解してるっぽいよねぇ。ほらほら、可愛いトレントちゃんにはこれをあげよう」

落ち込む男をよそに、のほほんと事態を眺めていたトクサが懐からロアの実を取り出す。その途端トレントはシレンタの髪を離し、トクサの手元でお行儀よくロアの実を食べ始めた。急に支えを失ったシレンタが「ぐぇっ」と情けない声を上げて地面に倒れる。

「こ、このクソ馬…」

「シレンタさん大丈夫?」

男がシレンタに手を貸す背後では、トクサとシェヴァリエがトレントを囲んでいた。

「トレントさんはロアの実が好物なんですね。私も今度から採っておこうかしら」

「あ、シェヴァっちそれいいね。なんなら沢山あげたら主人をおじさんからこっちに鞍替えしてくれるかも…」

トクサの冗談を聞いた男が急回転し、トクサからトレントを引き離す。丁度男の手を掴もうとしていたシレンタは、土へ二度目のダイブをきめることになった。

「こ、こんのクソ野郎…」

土へと消えた罵倒を背に、男はトレントにひしとしがみついてトクサを睨む。

「トクサさん、駄目だからね。トレントがいなかったら俺もう狭間の地で生きていけないからね?」

「ええ…」

若干引き気味のトクサに対して、トレントは男の頭に顎を乗せ短く鳴いた。そのやり取りにシェヴェリエが口に手を当てて笑う。

「トレントさんとは長い付き合いなんですね。何処で出会ったんですか?」

「え?ああ、トレントはね、ちょっと『取引』で─」

「取引?」

3人分の視線が男に集まる。彼女たちの脳裏には各地で商売をする放浪の商人の民や、ルーンと引き換えに魔術や祈祷を教える魔術師や祈祷師、はたまた戦技を伝えるベルナールなどの姿が過ったが、そのどれも霊馬を呼び出せるものは取引出来なかったはずだ。

そんな彼女たちの前で、男は指輪を嵌めた右手をかざしてみせた。

「霊体なんだけど、王都に行きたいって人がいてね。王都に連れてく代わりに、色々と便宜を図ってもらったというか…指輪もその人から貰ったんだ」

少し年季が入った、男が指に嵌めていても目立たない指輪。トレントを呼び出す指笛として使えるそれは、今や男にとって無くてはならない存在だ。

改めてお礼を言わないと、などと男が考えている背後で、ようやくシレンタが立ち上がった。彼女は乱れた髪を整えつつ、顔をしかめて呟いた。

「王都って別にお前じゃなくても行けんだろ。なんか狡くねぇか」

「まあまあ、それも人それぞれのご縁ですから…でもそうですね。リムグレイブだけでも結構広いですから、足があるのは羨ましいですね」

シェヴァリエが言えばトクサもうんうんと頷く。うん、これからはロアの実より良いものを用意しなくてはいけないかもしれない。

内心震える男に、トクサが不思議そうに尋ねる

「なんでおじさんだったの?狭間の地の外のもので、珍しい物持ってたとか?」

「なんか、トレントが俺を選んでくれたってのは聞いたんだけど…」

言われてみれば、トレントが何をもって選んだのか、取引相手に詳しく聞いたことがなかった。霊体の為か普段は姿を見せず、多少会話はするものの、深入りした話を交わしたことがない。今度会った時に聞いてみようか。

考え込む男の頭の上で、トレントは気持ちよさそうに目を閉じている。

「ふふ、すっかり懐かれてますね」

「懐かれてるのかなぁ?そうだと嬉しいな…そういえば霊に懐かれてるって言われたこともあったよ」

男の言葉にトクサが思い出した!と手を打った。

「あ!そうそう遺灰?ってやつも見せてよ!今のところおじさんがなんでこんな天気悪くて風も強くて地面も微妙に湿ってる場所指定したのか分かんないし」

「ご、ごめん…」

トクサの不満もごもっともなので男は縮こまるしかない。

「遺灰については俺も気になるな」

「そうですね。お見せ頂いても?」

シェヴァリエの問いに男は頷いた。そのつもりで来たのだから勿論異論はない。

「分かった、ちょっと待ってね」

男は鞄から遺灰の箱と、縦長の鈴を慎重に取り出した。

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