小黄金樹の手記│

2ページ目 褪せ人、導きを知る

永遠の女王マリカを戴く”狭間の地”。その地で生きるものはその瞳に黄金の祝福を得ていたが、瞳から祝福を失い狭間の地を追われた者たちがいた。一人二人ではないその人たちを、褪せ人(あせびと)と呼ぶ。その中の一人が、私の先祖にあたる。

私の先祖が、否、褪せ人たちが何故祝福を失ったのかその理由は定かではない。祖父母も多くを語るほうではなかったし、知っていたのかも分からない。しかし狭間の地の外でもその名を耳にする女王マリカ、そして彼女が治める、褪せ人には遠い見知らぬ地は、子供の頃から私の好奇心をくすぐった。それは大人になってからも私の心を燻り、謂れのない罪を着せられ、城を、故郷から追い出された放浪の騎士になっても尽きることはなかった。すでに親族もおらず、ほかに目的も、縛るものも無い。いっそかつて憧れた心を満たしてみてはどうか。そうして私は、使い道のなく貯めこんでいた貯金を手に、放浪の旅を始めたのだ。

そうして紆余曲折を越え、私はようやく狭間の地へたどり着いた。なのに、肝心のここへ来た直後の記憶がないのだ。次に目が覚めた時には薄暗い墓地で倒れていた。水に勢いよく叩きつけられたのだけは覚えており、その証拠に髪から身に着けていたマントに甲冑の中までびしょぬれだった。いつか詳細を思い出せたら、ここに綴るつもりだ。

のちに地図を手に入れ判明したのは、そこは狭間の地の南西─リムグレイブと呼ばれる大陸に散在する、墓地の一つであるということ。リムグレイブは多くの褪せ人が初めて訪れた場所に挙げ、また女王マリカがいるという北の王都ローデイルからかなり離れている。そんな墓地から抜け出した私が最初に出会ったのは、(記憶が曖昧な部分を除くと)白面をつけた男だった。彼は私の事も褪せ人と呼んだ。祝福を瞳に宿さない人のこともそう呼ぶため、傍から見ても私には祝福が宿っていないのだろう。祝福とは一体何なのか。興味がわかない分野についてはとんと疎い今の私には説明できないが、狭間の地で過ごせばそれもいずれ知る事だろう。

白面の男は親切にも、狭間の地に来たばかりで右も左も分からぬ私に指針を示してくれた。なんでも他の褪せ人達も、再び導きの祝福が齎され、この狭間の地を訪れているのだそうだ。私自身は導かれた覚えはないが、丁度思い出せない記憶の辺りかもしれない。

今思い返せば怪しいところはあったのだが、当時の私にとって怪しいのはお面だけで─何より祝福に導かれていないと知られれば、折角たどり着いたところを追い出されるかもしれないと思い、彼の言葉に素直に従う事にした。

─小黄金樹の日記より─

「ですが、悲しいかな。貴方は「巫女無し」です」

「はぁ」

「導きも知らず、ルーンの力を得ることもできず」

「はぁ」

「円卓に導かれることも──ちょっと貴方、聞いていますか?」

栗毛色の髪を揺らし頷くばかりの褪せ人に、白面の男が一度言葉を切って問いかける。

「あ、ああ。聞いてはいるんだが、ちょっと知らない単語が出てきて。おじさんには難しいというか…」

本当は、墓地を出て、ようやく狭間の地についたんだと実感してきた感動で話が頭に入ってこないのだ。頬を掻きながら褪せ人が返すと、白面の男の体がピクりと揺れる。

「おじさん、ですか」

「え、えっと、まあこんな歳なので…」

褪せ人は照れつつ答えたが、それに対して白面の男は苛立ちを含んだ溜め息を零した。見えないはずの眉が吊り上がってる気がして、褪せ人は後退る。

(あれ、もしかしてお面で分からなかったけど、この人俺と歳同じくらいだったりする…?だから怒ったとか?)

初めて会った住人に、開幕から失礼なことをしてしまったのではないか?そう焦る褪せ人に対して、白面の男は一つ深呼吸をして褪せ人に向き直る。

「そうですか、そうですね、貴方が巫女無しで無知で分からない事はへらりと笑って流すおじさんでも」

「怒ってます…?」

「なにか?」

言外の圧に褪せ人は勢いよく首を横に振る。それに気を良くしたのか、白面の男は少しだけ声を和らげ(それでも褪せ人には充分怖かったが)話を続けた。

「─そんな貴方にも、ひとつだけ希望があります。この私、ヴァレーに出会えたことです」

白面の男─ヴァレーは褪せ人の後ろを指さした。そこにあるのは膝丈より少し高い、揺ら揺らと揺れる黄金の灯火。

ヴァレー曰く、褪せ人に休息を与えるそれも『祝福』と呼ぶのだそうだ。むしろ瞳に祝福を宿さない褪せ人からしたら、祝福と言えばこちらの方を指すのかもしれない。

「休息を与えるか…確かにさっき少し触れただけで疲れが吹っ飛んで、肩もよく上がるし、腰痛もちょっと和らいで…」

ヴァレーの視線が険しくなるのに気付いて褪せ人はそこで口を閉ざす。

「ハァ…その灯から光の筋が生じ、ある方向を示すことがあります。それこそが、祝福の導き。褪せ人が、進むべき道なのです」

そう言われ目を凝らしてみれば、確かに祝福から空に向かって、一筋の光が出ている。目を瞬いても消えることもない。これは自分も、祝福に導かれていることになるのだろうかと、褪せ人はまじまじとそれを眺めた。

「へぇ〜便利だなぁ」

「ええ、そうですとも、この導きが教えてくれるのです。褪せ人がどこに向かうべきなのか…あるいはどこで、死ぬべきなのか」

不穏な言葉を呟くヴァレーが怪しく微笑む。

─がしかし。褪せ人は導きの示す方向に夢中で、今の言葉は耳には届かなかったようだ。

「これって何処を指してるんだい?ヴァレーさんに聞いてもいいやつかい?自分で探したほうがいいのかな」

振り返ってにこにこと問う褪せ人に、ヴァレーが堪えきれず溜め息を零す。

「あ、あれ、おじさん何かやらかし」

「…」

怯える褪せ人が黙ったのを見届けると、ヴァレーは導きと同じ方を指し、そこから少し指を左にずらす。そこにあるのは、遠くからでも分かる程大きく堅牢な建物だ。

「そうですね。きっと導きは指し示すと思いますよ。あの断崖の城、ストームヴィルを」

「城、かぁ…」

自分の過去を思い出してつい顔を曇らせる褪せ人に、仮面の下の目を細めてヴァレーが笑う。

「ええ、あれは老醜のデミゴッド、接ぎ木のゴドリックの居城ですから。向かってください、貴方。たとえ巫女無しでも、エルデンリングを求めるのならば」

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