小黄金樹の手記│

1ページ目 王の軌跡を捲る指

正直、どうやってここに来たのか、見当がつかない。礼拝堂を出て見上げた空が、とても晴れていて綺麗だったことは覚えている。何かと戦っていたことも。そいつに投げられ、着水し、頭を強く打ったせいか、前後の記憶が曖昧だ。相手が誰だったのかも思い出せない。もしかしたら、故国を追われた私の、息の根を止めに来た誰かかもしれない。

だが、どんな手段であろうと、誰に追われていたとしても。

私は辿り着いたのだ。かつて祖先が居たとする、狭間の地に。ここまで来れば、追手も引き下がる事を願おう。

大きな丸い机と、そこを囲むように置かれた椅子。机の真ん中では、不思議な光が灯火のように揺らめいている。円卓と呼ばれるその場所で、男は椅子を一つ拝借し熱心に文字を綴っていた。そこに、一人の少女が近づいていく。

「ねぇおじさん、何書いてるの?」

「お、おじさん?!」

少女に声をかけられた男は、酷く傷ついた表情で日記から顔を離した。相手はキョトンと小首を傾げる。

「だっておじさん、自分の事おじさんて言うでしょ?」

確かに、それは男の口癖であった。くたびれたマントに少し錆た鎧、栗色の髪と同じ色の髭を生やし、ある程度歳を重ねた自分はおじさんで間違いない。間違いないのだが。

「自分で言うのと、人に言われるのとではダメージが違いすぎるんだよ、トクサさん」

栗毛の男が深い溜め息と共にぼやくと、トクサと呼ばれた少女はケラケラと笑った。その振動で、赤い頭巾からはみ出した銀髪がゆらゆら揺れる。

少女と言っても、その姿は動きやすさを重視した軽装で、鍛えられた腹筋や二の腕が余すことなく晒されていた。円卓に集まるのは、こうした戦い慣れた者達である。

「トクサでいいってば。で?こんなとこで何書いてたの?」

笑い終わった少女は男の手元を覗き込む。男が膝を机代わりに、手帳サイズのノートに何か書き込んでいる様子が気になっていたのだろう。

「ん、ああ、実はここに来た頃の記憶が朧気でね。今後のためにも、忘れないうちに色々書いておこうかと」

「え、おじさん…歳」

「違う。断じて歳のせいじゃないから。本当に」

訝しげな表情を崩さない少女に、男は肩を落とした。本当に歳のせいだとしたら尚更、日々の出来事は書き綴った方が良いかもしれない。

「ま、まあ、何か形に残しておけば、後進の助けになるかもしれないし」

男が言い訳がましく続けると、ふぅんと少女は思案する顔になる。

「でもさ、おじさんが王様になったら後進も何もなくない?」

「いや、まあ、私や君のような褪せ人達の、本来の目的は確かにそうだけど…」

そう、この円卓に集まるのは、訳あってこの地、狭間の地の王を目指す者たちなのだ。その殆どが『褪せ人』と呼ばれ、男も例外ではない。

褪せ人同士は(少なくとも自分が見た範囲では)別に競い合っている訳でもないし、自分が書こうとしているのも、皆の助けになればと思ったのだが─そこまで考え、男は少女が驚いた顔で口を開け固まっているのに気付く。

「んん?どうかした?」

「どうしたも何も、おじさんの一人称って私だったっけ!?」

「あ…!」

少女が大袈裟に驚くものだから、男は恥ずかしくなって頬をかいた。

「あ、あ〜さっきまで日記を書いてたからつい。昔の俺は城勤めでね、報告書を書く時に私は、なんて書いてたんだよ」

「城勤め…まさかストームヴィルじょ」

「流石にあんなとこ勤められません」

食い気味に否定した男に、だよねぇと少女が返す。

「あの城ほど劣悪な労働環境は無いもんねぇ。ま、私はカーリアの城も赤獅子城も王都もまだ行った事無いんだけど。おじさんが居たとこはまだマシだった?」

「まあ、多少はね…良い人も悪い人もいたけど、俺は結構好きだったなぁ」

黄色の瞳を細め、懐かしそうに遠くを見つめる男を、しかし膝上の日記をトントンと叩く音が意識を引き寄せる。

「ねね、折角なら話してよ。ここに来てばかりの頃のおじさんの話」

「ん〜面白い話はないんだけどなぁ」

「それでも良いの!ね、皆も聞きたいでしょ!」

少女があたりを見渡せば、半ば諦めのように肩を竦める者、可笑しそうに笑う者、まるで興味の無い様子でこちらを見もしない者…と三者三様の様子でありながら、誰もが男が語るのを止めようとはしなかった。

「何より後進の助けになるんでしょ。大ルーンを2つも持って帰った褪せ人、だものね?」

日記をつつく少女に、男はなんと語ったら良いものか、と考えを巡らす。

「そうだな、最初は…リムグレイブで目覚めたんだ」

語り始めた男とその聴衆を、円卓の祝福が淡く照らした。

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